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質問 14

注意を、心を繋ぎとめるための手立てとして用いるということについて、さらに詳しくお話しいただけますか。

瞑想の実践には、二つの主要な方法がある。一つはヴィパッサナー(Vipassanā、法の観照)であり、法の道理と、存在の根本にある真理を観じ、見極めることを目指すものである。もう一つは、心を静め、繋ぎとめるための技法上の手立てとして注意を用いるものであり、これをサマタ(Samatha、瞑想の技法、すなわち「止」)と呼ぶ。観照については前の問い(第十三問)で詳しく述べたので、ここでは注意についてのみ論じることにする。

注意が誤った方へ向けられるとき、心はいよいよ乱れ、ついには深い混乱と動揺に至ることさえある。逆に、注意が正しく向けられるとき、心は次第に静けさを得ていく。注意をどこへ向けるかを選び取るこの技こそ、伝統的にサマタと呼ばれる瞑想の技法であり、その語は立ち止まること、落ち着き静まることを表している。

霊性の修養に携わらない人々にとって、その注意はしばしばさまよい、一つの妄念からまた次の妄念へと絶え間なく漂い流れ、混乱と心の動揺をいっそう深めていく。

さらに、業もまた注意に影響を及ぼす。重い悪業を積み重ねた者は、その注意が絶えざる妨げと闘わねばならず、集中することが難しくなる。逆に、豊かな善業すなわち功徳(プンニャ、Puñña)は注意を強め、集中を容易にし、瞑想における内なる静けさをもたらすのである。

このように、注意とは漠然と集中しようとする努めではなく、明確な原理によって導かれる一つの技である——その原理を、修行者は忍耐と細やかな心づかいをもって学び、用いていかねばならない。

瞑想仏教問答瞑想注意サマタ仏教入門正法禅那宗僧院

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